最高裁判所第一小法廷 昭和59年(行ツ)314号 判決 1985年4月18日
新潟市東堀五番町四四二番地
上告人
岡本正治
右訴訟代理人弁護士
坂上富男
新潟市営所通二番町六九番地五
被上告人
新潟税務署長
高橋直治
右当事者間の東京高等裁判所昭和五八年(行コ)第五九号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五九年七月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人坂上富男の上告理由一、二<1>、<3>について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。そして、原審の確定した事実関係の下においては、上告人の本件各係争年分の所得額の算定に当たり被上告人が推計の方法によつたこと、その推計方法として資産負債増減法を採用したこと、及び資産負債増減法による右所得額の推計の合理性を肯定したうえ、本件各係争年分における所得税についての決定、無申告加算税賦課決定又は過少申告加算税賦課決定を適法とした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同二<2>について
昭和三七年分ないし昭和四〇年分の各重加算税賦課決定を適法とした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 矢口洪一 裁判官 高島益郎)
(昭和五九年(行ツ)第三一四号上告人岡本正治)
上告代理人坂上富男の上告理由
原判決は控訴人の本訴請求について棄却すべきものと判断し、その理由は原判決理由説示(原判決二七丁表二行目冒頭から四九丁表三行目の「棄却することとし、」まで)に記載されているところと同一であるからこれを引用すると判示した。しかしながら原判決は次の通りの違法があつて取消さるべきものなのである。
一 原判決は事実の認定を誤認し、法律の解釈を誤つた違法があつて取消さるべきものである。
(一) 推計課税の必要性について
第一審判決は「昭和三九年ころに建築された松里ビルの建築費用は二〇〇〇万円弱であり、それを原告が支出したこと、昭和四四年ころまでにかけて建てられた新潟山弘願寺の建物及び弘法大師像の建造費用は当時一億円以上といわれており、原告本人の供述によれば三五〇〇万円であるというが、その費用はほとんど原告が支出していたこと、原告は別表一(一)ないし(五)に記載のとおり昭和三七年分ないし昭和三九年分については所得税の確定申告をせず、昭和四〇年分、昭和四一年分については給与所得、不動産所得、配当所得等のわずかな額の申告しかしていないこと、そこで被告は右申告所得等のみでは右建造費用の捻出は不可能であり、原告が他に所得を得ているものと思料し、右建造費用の資金源を解明するために税務調査を開始したこと、原告は被告の税務署員と面接し、質問を受けた際に、新潟県信用組合本店における無記名定期預金や同組合本店及び富士銀行新潟支店における普通預金の源泉について具体的な事情の説明をなさず、また原告の主張を理由づける帳簿書類、その他の合理的資料の提出にも応じなかつたこと、を認めることができ他に右認定を覆する証拠はない。右事実と前記争いのない事実を総合すれば、原告は本件係争中に多額の所得を得ていたものと思料されるに、それについての具体的合理的な説明や資料提出をしなかつたのであるから、被告が課税負担公平の観点から、原告の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は事業規模等の間接的な資料を用いて、原告の所得金額又は損失の金額を推計して課税することも許されるものと解するのが相当である。」
と判示しているが、特に問題なのは「原告は本件係争中に多額の所得を得ていたものと思料されるのに、それについての具体的、合理的な説明や資料提出をしなかつたのであるから……」との点については、証拠に基づかず認定したものであつて上告人が所得を得たものではない。
本件、係争年前に上告人が所有していた財産の一部が転換されたに過ぎないものであつて、当時松里ビルの建築費用二〇〇〇万円余りや弘願寺建設費用三五〇〇万円は上告人がその年度に得た所得を支出したものではないし、新潟県信用組合等の預金もその年度に所得したものでないことは明白な事実であり、少なくとも本件係争年度に得た所得であることの証拠は全くないのである。
従つて、推計課税の必要性があつたとは到底言えるものではないのである。
(二) 推計課税の合理性の判断について
第一審判決は
「推計方法の合理性は、推計の基礎となる事実、すなわち資産負債増減法では各資産、負債の期末の金額について客観的合理的資料に基づくことを要するが資産増加の原因については被告が明らかにしなければ資産負債増減法による推計が許されないものでもないと解するのが相当である。」と判示しているが「資産増加の原因については、被告が明らかにしなければ」ならないとしておるが、すでに述べた通り、これは戦前、戦後を通じ上告人が睹博等の射倖的収入を得たものと蓄積し、これを時には預金にしたり貸金にしたりして、その所有する資産を転換の結果、本件係争年度の財産の増減が起きたに過ぎないのであつて、結局するところ、本件については推計課税の必要性もなかつたのである。
従つて、本件係争年度以後の所得の申告も、本件係争年度の申告額と殆んど変わらないものなのである。
(三) 推計課税の本件の違法性について
「そこで、当該推計課税が是認される為には、その推計方法が合理的なものでなければならないが、その合理性とは推計方法が具体的実情に最も妥当性を有すること及び推計に用いられる数額が正当であることを要する。最も妥当性を有するといいうるためには、その方法以上に合理的方式がないか或いは執りえない事情があることを要し(大阪地裁昭和三八・一一・一二)また推計の基礎となる間接資料のうちできるだけ直接資料に近いものによるべきこと(大阪地裁昭和三八・二・五)を意味すする。
具体的実情を基にして判断すべきであるから、その方法を画一的に論ずることはできない。
例えば資産負債増減法による所得の推計(合理的とされた例、仙台地裁昭和三五・二・二五、合理的でないとされた例、東京高裁昭和三六・四・七)別口預金による簿外売上の推計(合理的とされた例、大阪高裁昭和三八・三・二八、合理的でないとされた例、大阪地裁昭和三六・三・三〇)平均在庫の回転率による売上の推計(合理的とされた例、大阪地裁昭和三五・二・二五合理的でないとされた例、東京地裁昭和三七・三・二九)が或いは合理的と認められ或いは合理的でないとされること判例の示すところである。」(判例から見た税法上の諸問題広瀬正著185-187P)とされておる。
(四) そこで、本件の場合に当てはめてみると被上告人主張の雑所得の金額は第一審判決認定の通りであることが仮りに認められるとしても、上告人がいかなる手段方法をとつて資産の増加がもたらされたのか、これを推計する資料は全くない。
被上告人の昭和五六年一一月一〇日付、準備書面にはいかなる手段方法により、資産の増加がもたらされたかについては、その主張はなく「被上告人昭和四五年四月一九日付準備書面(一)第二の一(一)に(風評その他の情報によると控訴人は従来から睹博等の射倖的収入を常習に得ており、又無許可の資金による貸金利息の収入、或いは不動産仲介による収入等莫大な所得を得ているとのことであつた)ので、被上告人はその資金源を解明すべく税務調査に着手した」と主張していたものが、最終準備書面では結局資産の増加は貸金利息の収入が資金源であるとの結論となつた。
右の最初の主張は<1>睹博収入<2>貸金利息収入<3>不動産仲介収入の三つはよる収入によつて、資産の増加がもたらされたものであると推測して調査した結果は、昭和三七年度から昭和四一年迄の間には右の如き資産の増加を推計する行為や事実などの営業的行為は存在しなかつたことが明白となつた。(合)中北車体工作所への資金や、(但中北への貸金は小切手で貸付けられたものでない。上告人は富士銀行新潟支店の小切手帳はもつていたが殆んど使つたことがない。)
第四銀行の小切手帳などは上告人はもつていなかつたもので、貸付は岩尾ペンキ屋に頼まれて現金三〇〇万円を渡したことはあるが、中北に直接貸したことはない。(上告審に提出予定の甲第三五号証(山岸政夫作成))
手形は中北のものをもらつたのである。従つて乙第六六号証にも三七・一〇・二〇・現金三〇〇万円、岡本とあるのである。(株)松里への貸金やバッティングセンターの建設をもつて、右の資産増加原因の推計をなすことは、甚しく資料不足であつて事実とかけはなれており、右年度中の資産増加原因を推計するには、余りにも推計基礎事実が不足であつて、推計方式の合理性にかけるのである。そこで結局最終準備書面では、これが推計課税の合理性を説明立証することが出来なかつたので、わずかな貸金の事実のみをとらえて、貸金利息収入が資産増加の原因であるとして、主張説明をしたに過ぎないのであつてとても推計課税は合理性があるなどと言え得るもではないのである。
その理由のないことは後で詳述する。
(五) 納税者たる上告人の説明の合理性について
<1> 所得税の確定申告をした事実のないことについて
睹博等による収益について所得税の申告をすることを期待することに無理がある。
犯罪行為を世間に公表するが如き所得税申告をしないことをもつて上告人の主張の失当性を強調すること自体に理由がない。
<2> 茶箱等に多額の現金を保管していたことについて
上告人に親しい平田良一や幸田芳彦はその中まで見て確認していないので理由がないと被上告人は主張するが現金を持つていたことを、親しい友人に金の入つた箱の中をみせるなどは通常あり得ない。普通人は金庫の中の札束を人にみせたりするのであろうか。平田や幸田がその中を確認したことのないのは当然なのであつて、平田や幸田が上告人が多額の金を持つていたのである。(上告審に提出予定甲第三六号証(幸田芳彦手紙))
それ故に平田は多額の金を上告人から寸借しているのである。
<3> 相互銀行設立準備について
被上告人は「睹博生活をしていた上告人が何ゆえに相互銀行を設立しなければならないのか、合理的な説明もつかず……」と主張したが、上告人が昭和二六年頃から相互銀行を設立準備する程、相互銀行開設に必要な多額の現金を持つていたことを主張、立証したものであつて、設立に必要な印鑑等を当時用意したものなのである。
この事により当時上告人は多額の現金を所有していたのであつて、その証明にほかならない。
<4> 寄付行為について
上告人は当時としては、多額の寄付を小学校等になしたるもので、上告人に於て多額の現金を持つていた故にこれが寄付行為が出来たのである。(上告審に提出予定の甲第三四号証写真)
<5> ボストンバックの五〇〇万円について
上告人は新潟県信用組合から、現金八〇〇万円を借受け、税務署の担当職員のみせ金にしたと原判決は認定したが、当時新潟県信用組合は資金獲得のため特別利息を支払つて上告人から定期預金を預つていたので、上告人は妹岡本タキからも金利が良いのでと頼まれて、金五〇〇万円を信用組合に預金していた処、前日から税務署の調査があつたのを聞きつけて心配した岡本タキが、金を返してくれと言われ、信用組合に金五〇〇万円を持つて来るよう連絡したがなかなか、持つて来なかつたので、上告人が組合に取りに行つてボストンバックに現金を入れてもつて来たのである。
そこで、偶々、税務職員がこれを見ただけなのであつて、上告人がわざわざ組合から借入してあたかも多額の現金を所持しているが如き印象を与えるための見せ金としたのである。
金を取りに来た岡本タキはその場に税務職員に会つて、職員が帰つた後、調査のみで、上告人に何らの影響もないことを知つた。タキは安心したのか亦、組合に預けておいてくれと言つて現金五〇〇万円は持ち帰らなかつたため、組合に入金されたのである。但し組合の帳簿上の処理について、借入金とされたのか、預金の払戻しをしたのかは上告人に於ては、本件訴訟まで知らなかつたのであり、タキから預つたのは金五〇〇万円であるから、金五〇〇万円を取戻しておいたのであつて八〇〇万円については誤記と思われる。
<6> 新円切り換えについて
上告人は終戦以来、睹博により莫大な利得を得ており新円切り換えに当つて、あらゆる知人を頼んで、新円の切り換えをなしたもので、その後も、昭和二五年頃まで睹博をして、その頃までに、金五、六千円の蓄財を上告人がなしたものである。そのため、大金庫三箇茶箱二ツに入れてこれを保管して来て居り、大金庫や茶箱が上告人方にあつたことも被上告人らが調査の際これを確認しているのである。従つて、新円切り換えがあつた故をもつて、それに対応した上告人の行為を推測し、もつて昭和二五年頃までの間に、上告人の基本的な資産が形成されたことを否定することにはならないのである。
<7> 平田良一に対する貸付金について
平田良一の社会的地位については、上告人昭和四七年七月二七日準備書面で、平田と上告人との間柄については上告人昭和四七年九月一九日付準備書面に主張した通りで両人共に普通人を通り越した人物で通常人が想像出来ない行為と行動を続けて来た人なのである。
上告人は殆んど文盲であるから、借用証書等は取らず名刺の裏に借入のメモを受取る程度で多額の貸付けがなされ返済されれば、名刺を返すか、切り捨てる等がなされていたのであつて、名刺のメモで正規な借用証でないので、上告人は借用証を取つたことがないと供述しているのであつて、平田の証言と上告人の供述との間に両者の喰い違いはないのである。前記二通の準備書面の主張通り、当時平田は秘密の政治資金を緊急に必要とする場合、寸借名下で上告人から借受けて、これが処置をして来ていたのである。
税務署の調査の際の「上告人が預金の源泉は以前から所有していた財産の一部が転換されたと主張するのみで何ら具体的な事情を明らかにしないばかりでなく、被上告人の再三に亘る、その主張を理由づける合理的資料の提出要求にも全く応じなかつたものである」との事情は当時この事実を明かせば、政治的な影響が大きく、時期を待つて明らかにする以外になかつたので、本件訴訟まで伏していたに過ぎないのである。
前述した被上告人の調査結果によつても、上告人の三つの収入源についてその資料が得られなかつたことは前に述べた通りであるが、貸付金の利子収入が資産増加の原因であるとする被上告人の主張と対比すると、以下の理由により、上告人の貸金利子が、上告人の資産増加の原因とする合理性がないのであつて、平田への資金が預金に転換されたと見るのが多額の預金金額から見て合理性があるのである。
<8> 上告人の資産の増加は利子収入であるとの主張について
被上告人は資産の増加は利子収入によるものであるとして、昭和三七年一二月三一日現在の資産額は金二六九七万〇一八四円(被上告人昭和四五年四月一五日付準備書面九頁)が昭和四一年一二月三一日現在の資産額は金七三二四万〇五三八円になつており、結局、この金七三二四万〇五三八円が利子収入が原因となつていることとなり、仮りにこれを逆算する月一割の利息をとつていたとしても、貸付金が金六千万円以上に及んでいなければならないのである。
然かるに、月一割の高利や、元金六千万円を貸付けていた資料は殆んど調査の結果、発見されなかつたのである。
従つて、これらのことから、上告人が調査当時に答えていた資産の一部が転換して預金となつたもので平田への貸付金が預金等に転換したに過ぎないのでつて、利子収入が資産増加の原因であるとする原判決は合理性や妥当性が全くないのであつて本件について推計課税をしたのは合理性はなく誤りであつて違法であると言わねばならないのである。
よつて推計課税としての本件課税は取消されねばならない。
加算税決定の違法性について
<1> 無申告加算税について
法定申告期限内に確定申告しなかつたことは事実であるが、その所得金額について、甚しい違いのあることは前述の通りであつて、所得金額の認定に於て違法があつて無申告加算税の賦課決定処分は違法で取消されねばならない。
<2> 重加算税について
新潟県信用組合は資金不足のため、預金を獲得するため、特別利子を支払つて預金を導入していた。
上告人も勧誘されて預金したのであるが、無記名定期預金や他人名義の預金は組合の職員が組合にある三文印を利用して、勝手に預金名義人としたものであつて上告人が預金隠ぺいのため仮装してくれる様頼んだものではない。
他の銀行については上告人は仮名を使って預金をしたことはない。
組合は特利を支払うこと自体、金融上監督官庁等にも秘密にしなければならないこともあつて、上告人が仮名を頼む以前に組合に於て、その必要上、組合自身が勝手に上告人に仮名を使つて処理していたものであつて、かかる預金隠ぺいの仮装工作を上告人がなしたことは蒙もないのであつて、野沢健吉の証言からも明らかなのである。
従つて、重加算税の賦課決定処分は正に違法であつて取消さねばならないのである。(上告審で提出予定甲第三七号証石川潔作成)
<3> 過少申告加算税について
昭和四一年分過少申告加算税についても所得金額の認定に甚しい相違があるもので、賦課決定処分は前述の通り違法であつて過少申告加算税の賦課決定処分は取消されねばならない。
以上